◆ 奈良e-古都タウン
 奈良県の社寺 (379)
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【山辺郡 都祁村】 来迎寺 (らいごうじ)
〒632-0244 山辺郡 都祁村 来迎寺126
電 話 : 0743-82-0716
宗 派 : 西山浄土宗
鎌倉時代、当地に権勢を誇っていた豪族の菩提寺として栄えた。大和地方最大級といわれる石造宝塔、本尊である阿弥陀如来坐像、鎌倉時代初期の快慶の作と推定され、左膝を立てて座る極めて稀な形相をしている善導大師坐像などを安置している。
【山辺郡 都祁村】 八柱神社(都祁村上深川) (やはしらじんじゃ)
〒632-0102 山辺郡 都祁村 上深川
電 話 : 0743-82-0201
照会先 : 都祁村企画課
祭神は八柱神社(都祁村小倉)と同様の八神が祀られている。古く八王子社と称されていたこともまた同様である。この神社の宮座の行事として「題目立」と称する民俗芸能がある。
【山辺郡 都祁村】 八柱神社(都祁村小倉) (やはしらじんじゃ)
〒632-0111 山辺郡 都祁村 小倉
もとは八王子社であったが、明治初年(1868)に八柱神社と改められ、八柱神社(都祁村上深川)と同様、高御産日神・神産日神・玉積日神・足産日神・事代主神・大宮売日神・生産日神・御食津神の八神を祀っている。古来の祭祀跡そのままに社殿を造営したと考えられ、社前には桃山時代の石造狛犬一対があります。また、石灯籠が2基あり、文和4年(1355)銘の南北朝時代のものは、鈍重な何かほのぼのとする豊かさを持ち、優雅な落ち着きを見せています。文明8年(1476)銘のものは、室町時代に盛んに作られた形で、「大工次郎五郎」と石大工の銘が入っており、貴重なものです。
【山辺郡 都祁村】 都祁山口神社 (つげやまぐちじんじゃ)
〒632-0243 山辺郡 都祁村 小山戸640
電 話 : 0743-82-0763
代表者 : 北谷 正義
小山戸明神ともいい、大山祗命を祀っている。現在の社殿は明治12年に造営されたもので、拝殿は貞享4(1687)年に建造されたものである。神社裏の山頂には通称「ごしゃお」という巨大な岩があり、水分大明神が降臨されたところと伝えられている。これは、古代山の霊をまつった、岩座の跡であろうと思われる。
【山辺郡 都祁村】 都祁水分神社 (つげみくまりじんじゃ)
〒632-0246 山辺郡 都祁村 友田182
電 話 : 0743-82-0097
代表者 : 北谷 正義
大和国水分四社(都祁、宇太、吉野、葛城)の一つで、古来から大和川と木津川の分岐を司る水の神として崇敬されてきた。室町時代に建てられた総丹塗の本殿(重要文化財)は、一間社春日造、檜皮葺き。瑞垣がめぐり、正面に中門、その前に拝殿、能舞台、左右に直会殿、神興舎、宝物殿が配置されている。また、本殿前には鎌倉時代末期作といわれる1対の狛犬(重要文化財)がある。一般の狛犬より頭が小さくなっていることが大きな特徴となっている。
【山辺郡 都祁村】 長力寺 (ちょうりきじ)
〒632-0112 山辺郡 都祁村 針ヶ別所
古義派真言宗御室派で、薬師如来立像を本尊とし、茶園に囲まれた一画に萱葺瓦庇の仏堂が建てられている。境内には菩提樹などの老樹があり、寺の歴史を物語っている。
【山辺郡 都祁村】 青龍寺 (せいりゅうじ)
〒632-0245 山辺郡 都祁村 藺生
開基年代などについては不詳であるが、真言宗古義派で高野山正智院の末寺である。本尊の阿弥陀如来木像のほか、十一面観音が安置される。また境内の壇上積基壇の上には鎌倉末期と推定される高さ2.2mの堂々たる宝篋印塔もある。
【山辺郡 都祁村】 城福寺 (じょうふくじ)
〒632-0231 山辺郡 都祁村 吐山
新義真言宗豊山派観音寺の寺院であったが、現在は堂宇を残すのみで無住となっている。本尊は薬師如来像。向いのハデコイ谷には里人がハデコイさんと呼ぶサンショウウオが棲んでおり、生きたまま呑めば癌にきくといわれている。
【山辺郡 都祁村】 地蔵院 (じぞういん)
〒632-0231 山辺郡 都祁村 吐山
もと真言宗古義派、高野山正智院の末寺で、現在は高野山真言宗直属の末寺となっている。本尊は地蔵菩薩で、他に鎌倉時代の作といわれる珍しい鉄製の十一面観音が安置されている。現存の本堂は明治41(1908)年の建立。
【山辺郡 都祁村】 神明神社 (しんめいじんじゃ)
〒632-0113 山辺郡 都祁村 大字馬場
大字馬場の南方字宮坂にある。祭神大日霊貴命を祭る。本社殿は厚板葺の春日造で境内も狭い。この村は室町時代山田氏の城下に発達した村であるが、神社の由来年代はわからない。室町時代に伊勢大神が飛来されたと流布して、社殿を造営して祭る飛神明の信仰がおこり、各地に神明社の造立が行われたというが、当神社もその一つであろう。江戸時代にはお影参りがしばしば発生し、この村は参宮街道に当たり、伊勢講社の旅宿もでき、大神宮をまつるこの神社は、大衆の信仰を集めたのであった。造営が真近に迫っているので本殿、石段等修理の必要に迫られている。末社厳島神社(市杵島比売命)は今、本殿に合祀されている。
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